私の肩書きは、「社長」ではありません。ただ、お客様の話を真剣に聞き、一緒に悩むことができるだけです。
「あなたの名刺には代表取締役って書いてあるじゃないですか!」そんな声が聞こえてきそうです。確かに私は代表取締役ですが、お客様の夢を現実にするお手伝いこそが私の仕事だと思っています。
しかし、代表取締役という肩書きと、私の年齢が若い事でギャップを感じたり本当に信用できるのか?など構えられてしまいます。しかし、お客様と同じ子育て世代ということもあり、共感し合い同世代だからこそできる夢の実現のお手伝いをさせてもらっています。
これがお客様を構えさせてしまう名刺。
本当の肩書きは「よろず承り係」にでもした方が良いのかもしれません。
私の座右の銘は非常にありがちですが「一期一会」。こんな風に自分の話が出来るのも、きっと何かのご縁です。是非、このページを読む3分間お付き合いください。
さて、私のちょっと真剣な部分も見てください。
なぜ、私がこの若さで代表取締役になっているのか?についてお話をします。
私は、小さい時から何不自由なく生活をしてきました。職人気質の大工の父・米屋(雑貨店)の母、両親と祖父母に囲まれて、少しやんちゃな少年時代を過ごし自分の進路を考える時期になった時、何の迷いも無く「親父と一緒に仕事がしたい」と思いました。しかし、大工の道ではなく私は現場管理や設計の方で親父の力になろうと決意しました。
専門学校卒業後、親父と共に仕事をする日々が始まりました。お互いの意見がぶつかり合うこともしょっちゅうでした。そんな日々の中でも親父のお客さんとの繋がりを強く感じ、自分もこんな風に...と思っていました。
そんな親父が病魔に倒れ、そのまま逝ってしまったのが私が27歳の誕生日を迎える2ヶ月前のことでした。
もっと親父からいろいろと教わりたかったのは正直な気持ちですが、そうも言っていられず周りの人々に助けられながら今に至っています。
私のもう一つの肩書き。(こっちの肩書きの方が気に入ってるかも。) これにも親父が深くかかわっているのです。今から10年前の平成12年に母校野球部から『コーチをやってくれないか』と要請がありました。
「やりたいけど、自分に本当に出来るのか?仕事と両立できるのか?」と悩む私の背中を押してくれたのは、親父でした。私にとって最高の理解者で応援者がそう言ってくれるなら...と、コーチをやらせていただくことになりました。
監督・生徒と共に「甲子園」を目指し、夢の実現のお手伝いをしてきました。そして、念願叶い平成18年の第88回に長野県代表として甲子園出場を果たしました。あの時、親父に背中を押してもらわなかったら自分が甲子園に行き、ノッカーとして甲子園のグラウンドに立つことも無かったと思うと、改めて親父に感謝しています。
この度はホームページをご覧頂き、本当にありがとうございます。
私は、お客様の夢を現実にするお手伝いをすることが仕事だと申し上げました。それは、私一人ではとても叶えることは出来ません。多くの人の知恵と技が不可欠です。「一の家熊さん」には、私と共にお客様の夢を現実にする仲間が集結しています。それぞれが、持てる知識と技術を発揮してくれています。
あなたが家づくりをお考えでしたらその家づくりが成功するようお祈りしています。もし、私に興味をもっていただけたら、お電話いただけたければ嬉しいです。